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    「いや、これから往診に行くところだ」

    「なんだつて、脳溢血?――そいつあ大変だねえ」

    「やっぱりチブスで?」

    「や、ありがたう」

    練吉はまだ眼鏡を手にしたまゝ、不自然に大きく見える眼を極端にぱちぱちさせ、ぢつと房一の顔をのぞきこんでいた。彼は今さつき、突然の房一の来訪でよび起されたのである。

    房一は患者の前にもどつて来た。

    「さうですつてね」

    「さあ、一つ拝見しませう」

    「よし。今行く」

    彼は男の顔を蔽つている手拭をとりのけながら云つた。

    又走り出して、草の中に鼻を突つこんだ。が、今度はすぐもどつて来た。房一は緊張した表情をつくつて、その背をつかんでぐつと押した。

    昔はめったになかったように聞いているが、温泉場に近年流行するのは心中沙汰である。とりわけて、東京近傍の温泉場は交通便利の関係から、ここに二人の死場所を択ぶのが多くなった。旅館の迷惑はいうに及ばず、警察もその取締りに苦心しているようであるが、容易にそれを予防し得ないらしい。

    と、房一は帽子を手にやつた。

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