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    今度はかるく甘えた、羽毛でくすぐるやうな調子があつた。房一はざぶりと水を顔にぶつかけただけで立上つた。

    「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」

    「これはあなたがお乗りになるので――?」

    「さあて、帰るかな」

    「ジョン、降りろ」

    「連れっ子をして行ったです。その子供がまたチブスになって、……」

    答へながら、房一は少からず面喰つていた。声をかけられるその瞬間まで、彼は酒造家の相沢を何となくでつぷり肥つて、木綿縞の袷あはせの袖口から肉づきのいゝ手首を喰はみ出させた、紺の前掛でもした男を想像していたのだつた。それが乗馬ズボンをはいて現れようとは――。

    房一はその黒い顔に微笑をうかべながら今泉を見た。

    「えゝ、まだですが――何か御用?」

    自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、

    「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」

    徳次は房一が顔を洗ふ間傍に立つて眺めていた。それからふいに訊いた。

    かういふ彼であつたが、河原町の人々は彼に対して一種の親味と同時に、河場者、他所者といふ一瞥を決して忘れなかつた。彼の席順はやはり低かつた。それでも彼は一度も不満の色を浮べなかつた。

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