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    診察がすむと、房一は別の客座敷へ案内された。そこには、床柱の前にお寺さんに出すやうな厚ぽつたい綸子りんずの座蒲団だの、虎斑とらふの桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。都会地では一時間もかゝらないやうな往診が、この田舎では小半日もつぶされてしまふ、そのくどいもてなしの習慣を知り抜いている房一は、無下むげにも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。

    かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、

    ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。

    生返事をしてそのまゝ登つて行く。

    と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。

    「便所に化物が出たそうです。」

    房一には連れが二人あつた。

    小谷は仰山ぎやうさんな表情になつた。

    「あのう、笹井へ往診がございますが」

    何となく、彼はさう云ひたげであつた。実際それは咽喉まで出かゝつていた。若し彼が理窟といふものを知つていたら、日常の些細ささいな事柄からでも尤もらしく意見をすぐに云ひ立てるあの「町の衆」のやうな頭があつたら、彼は勢ひこんで口にしたであらう。だが、彼はさういふ小むつかしいことは面倒臭かつたし、又下手だつた。彼はたゞ感じた。そして暖昧な身振りをしただけだつた。

    房一はいかにもそれがやり切れない、と云つた風に吐き出すやうに云つた。つゞけて、

    これが若し他人だつたら、或ひはかけがへのない一人息子でなかつたら、正文もいさぎよく結着をつけてしまつたらう。「道楽息子」――その一言で済むわけだつた。

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