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    かまわないから開けてみろというので、男二、三人が協力して無理に第一の戸をこじ開けると、内には誰もいなかった。第二の戸をあけた結果も同様であった。その騒ぎを聞きつけて、他の客もあつまって来た。宿の者も出て来た。

    「どうも、やつぱりねえ。調子が悪い」

    口ごもつて、

    「居なくたつて訴訟はいくらでもできらあね」

    「それで、――どうかね?」

    「あなたの追鮎は元気らしいなあ」

    彼女はその表情を少しもくづさずにすつと引き下つたが、間もなく帰ると、

    そこへは、案内も乞はずに、小谷吾郎が気がるに裏口から入つて来た。

    「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」

    男はその時、案外なほど寂しみのある表情を浮かべ、頬杖をついてぼんやり戸口の方に顔を向けていたが、眼だけをちよつと動かせた。だが、知らぬふりでビールを口へ持つて行つた。

    「お松ですか?お松は半之丞の子を生んでから、……」

    彼には、何の縁故もないその男が医者としての自分をたよつて来たのが何よりうれしかつた。あの男はおれの一番最初の患者と云つてもいゝ位だ。それがありがたいことにうまく行つたのだ。何しろ、寄生虫にはやく気がついてよかつた。あんな風だと、前に大石医院で診察をうけていたのかもしれない。塔の山と云ふのはたしか下の半里ばかりの所から山に入つたあたりだつた、――さう考へているうちに房一はふと昨夜往診をたのまれたことを思ひ出した。

    正文は黙つて聞いていたが、このときふいに今まで前屈みに折りたゝんでいた背をぐつと伸したやうに思はれた。そして、あの噛みつくやうな眼がぎろりと房一を一瞥した。

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