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    「あなたは御存知ないんですかね」

    「一つ着て見せたらどうです?高間さんにはきつと似合ひますよ」

    と、相沢は口ごもつた。

    かりるに当って女房が挨拶に行ったら、温泉のぬるいことを例外なく念を押して、

    彼は年に似合はず厚く生えた白髪まじりの頭を短か目に刈り上げ、多少猫背になりながら袴の両脇から手を差しこみ、心持肱を張つて坐つていた。それは何々翁肖像といふ掛軸を思はせるやうな古風な律義さと端正さを現はしていた。

    練吉はもうさつきから殆ど一人でぐいぐいやつているにもかゝはらず、むしろ青い顔だつた。

    「ホリョ?」

    「ふむ」

    「別に何日からでもないんです。今日からでも――」

    「買収ですかな」

    房一は何もかも忘れていた。日頃の思案深げな額の皺はいつそう強く刻まれていたが、それは却つて或る夢中な輝きを示していた。彼は何ものかに捕へられていた。何かが胸の奥深くでよびさまされているやうであつた。首筋に焼けつく日の暑さ、水流のきらめきや、絶えず水に濡れて黒く光つている沈み岩の頭、滲み出る汗と共に何かしら揉まれしぼり出される身内の或る物――それらは彼の幼時の記憶に確しつかりと結びついて、その頃の漠とした幸福感を近々と思ひ出させた。

    ――「おれみたいな息子ができるとは、全くどうかと思ふよ」

    「やつぱり、あんただつた」

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