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    夜になるとその谷間は真黒な闇に呑まれてしまう。闇の底をごうごうと溪たにが流れている。私の毎夜下りてゆく浴場はその溪ぎわにあった。

    「うん」

    「おつ!こりあいかん」

    正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。

    「すまんでしたな、長話をして」

    「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」

    房一はどこか鹿爪らしい恭順な面持で、控目にじつくり身体を押へるやうにして上るとうしろ向きになつた猫背の老医師の肩がひよいひよいとまるで爪さきで歩いているやうに彼を奥の方へ導いて行つた。

    「坊は?」

    「玄関の手入れをどうしようかと云ふのですよ」

    「なに?」

    「ねえ!」

    「それで、――どうかね?」

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