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「わしは反対だ!」
「どこだ、どこだ。もう消えたのか」
「もうそんなにおよろしいんですの?すつかり御無沙汰していました。ほんとうに!よくおいでになれましたわねえ」
「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
「さうだよ、ジョン」
道平は顎髯を剃り落してしまつていた。
「いつこちらへお帰りでしたか」
途中で練吉と別れた房一は、道平の病気のために手の廻りかねていた患家先きへ二三軒立ち寄つているうちに、案外時間を喰つて、帰途についた時はもう暮れ方であつた。
「なにしろ、迷ふんだな」
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
「畜生、おぼえていろ。」
下方であんなに急峻に眺められた山地は、今この高台盆地の周囲を低いなだらかな松山や雑木山となつて縁どり、その稜線は一種特別に冴えて、空とすぐくつついていた。奥地の方にはるかな山並みが盛り上つているほか、何も邪魔物がないことは、宛あたかもこの場所が地上にたゞ空とこゝだけしかないといふ感じを起させた。あたりは名状しがたい明さが満ちあふれていた。立木の一本一本、点在する人家の白壁や荒土の壁には、まるであたりの明るさを際立たせようとするかのやうにくつきりと濃い形がついて、それは遠くになるだけ鋭くはつきりしているやうであつた。そして、ぢつと見ていると、その黒い影は黄ばんだ山の斜面に少しづつ動いて喰ひこんでゆくやうに思はれた。
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