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真黒い顔の男が傍によつて訊いた。
「お粗末ではござりまするが、どうぞごゆるりと」
「さうだよ、ジョン」
ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。
「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
と、加藤巡査は声を落した。彼は、さきほど事が容易でないと思つたから、とり敢あへず本署に電話をかけた、署長はじめ自動車で来ると云つていたから、まごまごしているうちには着くだらう、さうなるとこのまゝでは納をさまりがつかなくなる、怪我人を出さぬうちに事が静まるのは自分の望むところであるし、皆さんの方もいゝではないか――。
房一はどこか鹿爪らしい恭順な面持で、控目にじつくり身体を押へるやうにして上るとうしろ向きになつた猫背の老医師の肩がひよいひよいとまるで爪さきで歩いているやうに彼を奥の方へ導いて行つた。
間もなく彼は、こゝからよりもあの路からの方が、河原で一人で働いている自分をはるかに見つけ易いことに気づいた。瞬間彼は、この広い河原に自分の隠れこむ場所はないかと探すかのやうに、きよろきよろあたりを見まはした。だが、自転車の男は崖上の路に気をとられているのか、まだこちらに気がつかないやうだつた。徳次は下向きになつた。見まいとした。けれども、何かしら気になつて、顔を紐か何かで上うは向きにひつぱられるやうであつた。
盛子は房一からさういふことを聞かされていたので、往診に出掛ける時には彼女の方から念を押したほどだつた。房一は四時までには帰ると答へた。だが、もう五時過ぎだつた。そして、日が落ちてからの空気は、まるでわざと盛子の気を落ちつかせまいとするかのやうにどんどん暗くなり、冷えて行つた。
「もうそんなにおよろしいんですの?すつかり御無沙汰していました。ほんとうに!よくおいでになれましたわねえ」
「え、御老人、どうしました?苦しいですか」
と、おづおづ答へた。
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
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