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「や、さうでしたか。それは――」と、鬼倉は目に見えて和やはらいだ。
ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出いでになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時――今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。
「一昨年の水で流れちやつたからそのまゝになつてるね――ずつと下にはあるが、さあ、そこへ廻ると半路はんみち以上ちがふかな」
房一は持前の人慣れた愛想のいゝ微笑をうかべていた。それは水面にできた波紋がゆるく輪をひろげるやうに、彼の厚い醜い唇からはじまつてしだいに、顔全体をつゝみ、つひに容貌の醜さを消してしまふものであつた。
よそは住宅難だが、伊東には売家も貸家も多い。伊東は海山の幸にめぐまれて食糧事情がよかったが、東京も食糧事情がよくなったので、不便を忍んで通勤していた人たちが東京へ戻りはじめたのである。
「徳次」だの、「橋本屋」だの、「殺されかゝつてる」、「小倉組」だのいふ言葉がきれぎれに耳に入つた。
もう一月あまり前から気づいていたのだが、はつきりしなかつた。云はうか云ふまいかと迷つていた。たつた今、大きな麦藁帽子の縁で半ば隠されてはいるが、むくれ上つた幅の広い肩がぴよいぴよい目の前を歩いてゆくのを見ているうち、突然云ひやうのない親しさの感覚に捕へられた。打ち明けてみたくなつた。何にも如らないで、こんなに変な風に脚を丸出しにして、私にはおかまひなしに先を歩いている!
「あら、お帰んなさい。随分早かつたのね。もう済んだんですか」
「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」
「はい、あの、切れて居りますが」
と、呟き、房一に向つてしきりとうなづいていた。
身体を拭きにかゝつていると、台所の土間の方で、誰か来たらしい、盛子に向つてしきりと何か云つている声が耳に入つた。それは、せきこんだ、悲しげな、訴へるやうな女の声だつた。
と、微笑しながら頭を下げた。
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