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「なにしろ、迷ふんだな」
――房一がさういふことを耳にしたのはごく最近である。しかし、いづれにしても房一には直接関係のないことだつた。
「先生!」
御大典とそれにつゞく奉祝日は瞬またゝくまに過ぎ去つた。
房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。
男は眼を閉ぢた。何も答へなかつた。
その日もやがて夜となって、夏の温泉場も大抵寝鎮まった午後十二時頃になると、隣の座敷で女の軽い咳の声がきこえる。もちろん、気のせいだとは思いながらも、私は起きてのぞきに行った。何事もないのを見さだめて帰って来ると、やがてまたその咳の声がきこえる。どうも気になるので、また行ってみた。三度目には座敷のまん中へ通って、暗い所にしばらく坐っていたが、やはり何事もなかった。
半シャツの男が進み出た。
と、舌ざはりの悪いものでも口にしたやうな調子で、練吉はぽつんと云つた。
房一は、これは煩うるさい相手だなと思ひながら、わざとゆつくり構へていた。実は、さつき裏口から二人を見かけた時に、すでにぴんと感じていた。こんな風体の連中は河原町には他にない。それに、今しがた川岸で話に出たばかりの所だつたので、房一にはよけい強く頭に来た。
見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。
温泉は街道から幾折れかの石段で溪ぎわまで下りて行かなければならなかった。街道もそこまでは乗合自動車がやって来た。溪もそこまでは――というとすこし比較が可笑おかしくなるが――鮎が上って来た。そしてその乗合自動車のやって来る起点は、ちょうどまたこの溪の下流のK川が半町ほどの幅になって流れているこの半島の入口の温泉地なのだった。
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