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    しかし、正文は自分が練吉のこねまはす泥の中に足をとられているなどとはつひぞ思ひもしなかつた。外面的に折目立つたことの好きな正文には、どうにかうはべの恰好さへつけば安心するのである。練吉が男の子を一人抱へていつまでも独身では心許こゝろもとなかつた。だが、手を焼いている。そのうち、練吉は自分の気に入つた女を見つけた。今度は息子が好きで選んだからよからうと、正文はすぐに事を運んだ。それが茂子である。

    と、房一が台所に声をかけた。

    稍意地の悪い、きびしい調子であつた。

    「さあ。どうぞ、どうぞ」

    「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」

    房一はその玄関土間に足を踏み入れて、

    そこへ房一が帰つて来たのだ。盛子は横坐りの所を見られまいとして慌てて立上つた。

    「誰かと思つたよ」

    「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つていたさうぢやありませんか」

    富田は庄谷の方に向きなほつた。

    と云つた。

    それは房一がこれまでに漠然と想像していた練吉とはかなりにちがふものだつた。以前見かけた練吉の学生服姿、その良家の子弟らしいつんとした近づき難さは、どこかにのこつていたが、或る柔い、善良さが今の練吉からは感じられた。

    房一は酒が不得手だつた。ところが、相沢も家業に似合はず呑めない口と見えて、二人の間には手もつけないまゝで生温くなつた銚子が二三本も置かれていた。こゝでも房一はもう会ふ人ごとに聞かれてうんざりしている医者となるまでの経歴を、相沢の問ひに答へてぽつりぽつり話さねばならなかつた。

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