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    「ちつとも知りませんでしたよ」

    そこへは、案内も乞はずに、小谷吾郎が気がるに裏口から入つて来た。

    低地になつた野菜畑の間を抜けて、まるでどこかの城跡の石垣めいた、頑丈な円石を積み重ねた堤防の上に次第上りに出ると、いきなり目の前に、日を受けて白く輝き、小山のやうに持上り、凹み、或る所では優しげになだらかな線を引いた、だゝつ広い河原の拡がりが現れて来る。

    今や事情は一変してしまつた。かつて御ぎよし易い息子だつた練吉は、正文の常識では計りきれないやうな矛盾、我儘を次々とひき起して、何とかして押へようとかゝつている正文は殆ど息子の意のまゝになつているのだつた。

    「はア」

    房一はズボン下を円めて魚寵といつしよにぶら下げながら、丸出しの肥つた足でぴよいぴよい河原石の上を先に立つて歩いた。

    「いつたい、今日は何ごとかの」

    「もう着てみましたか」

    きよろりとした眼でしきりと家の中をのぞきこみながら、しばらくして

    又とぎれた。

    「どうもおれは、身近かな者だと平気で診られないんだね」

    「まだなかなかでせう。永いこつてすよ」

    「今日からお隣へ参りましたから、よろしく願います。」

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