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「それは勝手だが、あんなもの、温泉と思っちゃいかん」
「ですが、何とも手のつけやうがない」
と云つた。
と、房一は加藤巡査に云つた。御苦労だが、加藤巡査には角屋のところで本署の自動車を一先づとめてもらひたい。こつちは自分が引受けるから、こゝへ乗りつけないやうに何とか待たせていたゞきたい、その間にこちらの始末をつけ、自分が責任者になつて出向いてよく話をするから――。
銹さびのある低い声で入つて来る客に叮重に挨拶しながら、その度に手を袴の下から出して奥の間へ誘つた。この「さやうで御座ります」といふのが直造の口癖だつた。しかも、その言葉を口にするごとに、彼の痩身なだが骨太な身体は慇懃いんぎんに前こゞみになつた。それはこの身動きと言葉とがぴつたりとくつつき、いやそれ以上に全く同一物と化したやうな趣があつた。
房一は手答へのないのを感じた。
「や、ありがたう」
「畜生、弱い奴だ」と、根津は笑った。
小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。
「ですが、一体財産譲渡つて云ふのはいつのことなんです、大分前ぢやないですか」
そこには、房一の紅黒い、怒張した顔があつた。いつのまにやつて来たのだらう、徳次はぎゆつと片手で押へつけられたまゝだつた。そして、房一の怒声を聞いた。
「まあ、――上の町の大石さんとこ位は行つとくのもよからうが」
が、それは徳次であつた。
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