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    「どういふことです、わたしにはさつぱり――」

    「よく来てくれましたな。けふはゆつくりしてもかまはんのでせう。あんたは碁を打ちますか。――さうですか、御存知ないですか。それはちよつと。まア、しかし、こんなものは覚えん方がいゝかもしれませんなあ」

    「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つていた」

    彼は自信を失つた。それにこの苦痛と動揺は明らさまに説明しにくい、説明したところで判つてもらへない種類のことだつた。房一はそれを盛子の妊娠の揚合にも経験した。

    鬼倉は低い声で、はじめてぢつと相手を見た。が、それつきりだつた。動きもしない。徳次は何故ともなく一寸ひるんだ。が、又、

    瞬間、房一は緊張した。道平が急変したのかと思つた。さうではないらしい。急患だらうか。それだと、こんな風ではなく、もつと低くおろおろした風に云ふ筈だ。彼は手をやめて、耳をすませた。

    と、案外冷静に云つた。

    「へえ、――どうもごていねいなことで――」

    「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」

    「さあね、そいつは今のところ何とも判らんでせうな。何しろこの前に手をつけたのは十年前だつたでせうかね、その時の礦石のかけらも残つちやいませんよ」

    上下のシャツだけといふ奇妙な恰好で房一が台所に降りかけた時、はじめて彼はそこに誰か立つているのに気づいた。

    また夕方、溪ぎわへ出ていた人があたりの暗くなったのに驚いてその門へ引返して来ようとするとき、ふと眼の前に――その牢門のなかに――楽しく電燈がともり、濛々もうもうと立ち罩こめた湯気のなかに、賑やかに男や女の肢体が浮動しているのを見る。そんなとき人は、今まで自然のなかで忘れ去っていた人間仲間の楽しさを切なく胸に染めるのである。そしてそんなこともこのアーチ形の牢門のさせるわざなのであった。

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