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    男は眼を閉ぢた。何も答へなかつた。

    今度はかるく甘えた、羽毛でくすぐるやうな調子があつた。房一はざぶりと水を顔にぶつかけただけで立上つた。

    その当時は差したることでもないように思っていたが、翌年の春になっても痛みが本当に去らない。それが打身のようになって、暑さ寒さに崇たたられては困るというので、支配頭の許可を得て、箱根の温泉で一ヵ月ばかり療養することになったのである。旗本といっても小身しょうしんであるから、伊助という仲間ちゅうげんひとりを連れて出た。

    が、自分の家の前あたりまで来たとき、かなり先きの通りに四つ五つの人影が黒くかたまつて立つているのを見た。何をしているのか判らない。房一はそのまゝ家の中に入つた。

    房一は又重たげな恰好で坂路を登つて行つた。下を見ると、心持阿弥陀あみだに被つた練吉のソフト帽が、もう小さく桑畑の間を走つているところだつた。彼は、練吉の気弱さうでもあり、又疳かんの強さうにも見える眉のあたりの色を、今ごろになつて急にはつきり思ひ出した。

    「ふん。何でもありやせんよ。大方、腹でも痛かつたんだらう」

    と、誰かが大声で叫んだ。

    「ふうん。気楽な身分だね」

    「はあ、いや。もう手前どもは老いぼれ同然ですからな」

    房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。

    と、相沢は口ごもつた。

    「いや」

    「おう、これか」

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