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「や、さうでしたか。それは――」と、鬼倉は目に見えて和やはらいだ。
「や、皆さんどうも遅くなりまして――」
房一が声をかけて回転椅子を押しやると、
「あんまり、ぢつとしとつてもな、身体が生なまに、なるもんぢやから」
しかし、さういふ身体の忙しさより何よりこたへたものは、房一にとつては肉親の大病を診察するといふはじめての経験だつた。
「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
二三度声をかけたが返事がなかつた。すると植込みの向ふの診察所の入口に白い服を着た看護婦の紅らんだ顔がのぞいて、すぐに引きこんだ。と思ふと、どんな風に廻つたのかしれないが、同じ顔が思ひがけなく今度はひよいと突きあたりの壁の横から現はれた。
「痛むか?」
練吉は房一の腕にさはつて、囁くやうに云つた。近眼鏡の下から切れの長い練吉の眼が一種こつそりした親密な表情をのぞかせていた。突嗟とつさに房一はその囁くやうな調子や眼つきから、練吉が何のことを云つているのかを了解した。
例年の冬は仕事ができない習慣であったが、伊東へきて、仕事ができるようになった。伊東は南国だといっても、ちょッと南へ下ったというだけのことで、東京からくる人には暖かさが感じられても、住む身には分らない。仕事ができるのは温泉のせいだ。ぬるい温泉のせいである。つかっていて汗ばんでくる温度だと、温度に同化することはできないものだ。
次に記すのは、ほんとうの怪談らしい話である。
「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」
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