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    「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――

    「おう、これか」

    「何だらう、山師を煽おだてて又一儲けしようてんだらう」

    「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」

    「馬子まごにも衣裳つて云ふから――」と云つたほどである。

    「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」

    「よく来て下さいましたな。何しろ不便なところですから、途中が大変だつたでせう」

    横合から冷かすやうに口を入れたのは雑貨店の庄谷だつた。痩せた上に黒く日焼けがし、固く乾いたやうな顔には小さいが白味の多い眼がいつも人を小莫迦こばかにするやうに閃いていた。彼はさつきもその眼で入つて来たばかりの房一を見、房一が挨拶すると「あン」といふやうな声を出しただけで、すぐに話に聞き入つていたのだつた。

    彼はもう少しで最も善い友人に向ふやうに考へごとを打ち明けるところだつた。

    それは、開業当時のあの身体が自然と弾はずんで来るやうな、患者に向ふと必要以上に診察したり、相手が求める以上にくはしい説明を長々と熱心に云つて聞かせたり、忙しげに薬局と診察室の間を往来しながら待つている人達に声をかけたり、さういふ房一の活気にみちた様子が見る人ごとに快い気持を惹き起させた、そんな張り切つた頃にくらべると、今はまるで時間が急にその歩みをとめて、のろのろと動いているやうに感じられた。

    「えゝ、このたびこちらへ戻りまして、仲通りに開業しました高間房一ですが、つきましては一寸御挨拶に――」

    「や、さうですか。僕も今そこから帰るところです」

    と訊いた。

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