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    その時、彼等は近くに坐つている房一に気づいた。話に出ている鍵屋の分家とは、まさに房一の借りている家のことだつたし、その所有者は神原喜作にちがひなかつたから。

    「それで――?あゝ」

    不幸なことに房一の予測はあたつた。いや、それ以下とも云へた。

    「すみましたよ。さあ。何でもありませんなあ。ぢき起きられますよ。ごく軽いんですからね」

    「何だらう?」

    房一はあれから相沢の息子を診みに五六度行つた。殆どその度ごとに会つているので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つているつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知していた。

    「おい、お茶を入れてくれ」

    「いや、まだ」

    盛子はたつた今さつき一人きりの夜食をすませたところだつた。房一を送り出した後で、一人では別に支度もいらないし、あり合せの物で間に合はせた。餉台ちやぶだいの上に並べた食器類もほんの一二枚だつた。いつもは房一と二人なのだが、それは二人が一人になつたのではなく五六人が一人になつたやうな感じだつた。冷えたお惣菜を長火鉢で温めた。それは静かな家の中でたゞ一つの物音のやうにかたことと音を立てて煮えた。何となく、盛子は小さい娘時分のおまゝ事を思ひ出した。そして近来そんなことを一度もしたことはなかつたのだが、小娘のやうな気になつて、煮え上るのを待つ間横坐りに足を投げ出して煮える音を聞いていた。

    わたしが若いときに箱根に滞在していると、両隣ともに東京の下町の家族づれで、ほとんど毎日のように色々の物をくれるので、頗すこぶる有難迷惑に感じたことがある。交際好きの人になると、自分の両隣ばかりでなく、他の座敷の客といつの間にか懇意になって、そことも交際しているのがある。温泉場で懇意になったのが縁となって、帰京の後にも交際をつづけ、果はては縁組みをして親類になったなどというのもある。

    「うん、寄りがあるからな、あんたはうちに帰つとんなさい」

    地名も旅館の名もしばらく秘しておくが、わたしがかつてある温泉旅館に投宿した時、すこし書き物をするのであるから、なるべく静かな座敷を貸してくれというと、二階の奥まった座敷へ案内され、となりへは当分お客を入れないはずであるから、ここは確かに閑静であるという。なるほどそれは好都合であると喜んでいると、三、四日の後、町の挽ひき地物じもの屋やへ買物に立寄った時、偶然にあることを聞き出した。一月ほど以前、わたしの旅館には若い男女の劇薬心中があって、それは二階の何番の座敷であるということがわかった。

    と、房一はひとり言を云つた。

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