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「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
「や、先日はどうも――」
その時、道平がのつこりと診察室に上つて来た。やはり尻はしよりの下から真黒い両脚を円出まるだしにしたまゝで。房一が考へこんでいるのを見ると邪魔をしてはいけないとでも思つたらしく、そのまゝゆつくり診察室の中を見まはして、何か口のあたりをもぐもぐさせた。それから、医療器具棚に近づくと、そのうるんだはつきりした眼で熱心に中をのぞきこんだ。そして又、口のあたりをもぐもぐさせた。それはこんな風に云つているやうであつた。
「どうしても学問をやるというて聞きませんだつたが。――それで神戸高商を出ましてな住友へ入つて結構やつとりましたが、三年前にぽつくり行つてしまひましたよ。病気ですか?結核性脳膜炎とか云ひましてな、十日ぐらいで、あつさりしたもんでした」
けれども半之丞は靴屋の払いに不自由したばかりではありません。それから一月とたたないうちに今度はせっかくの腕時計や背広までも売るようになって来ました。ではその金はどうしたかと言えば、前後の分別ふんべつも何もなしにお松につぎこんでしまったのです。が、お松も半之丞に使わせていたばかりではありません。やはり「お」の字のお上かみの話によれば、元来この町の達磨茶屋だるまぢゃやの女は年々夷講えびすこうの晩になると、客をとらずに内輪うちわばかりで三味線しゃみせんを弾ひいたり踊ったりする、その割わり前まえの算段さえ一時はお松には苦しかったそうです。しかし半之丞もお松にはよほど夢中になっていたのでしょう。何しろお松は癇癪かんしゃくを起すと、半之丞の胸むなぐらをとって引きずり倒し、麦酒罎ビールびんで擲なぐりなどもしたものです。けれども半之丞はどう言う目に遇あっても、たいていは却かえって機嫌きげんをとっていました。もっとも前後にたった一度、お松がある別荘番の倅せがれと「お」の字町へ行ったとか聞いた時には別人のように怒おこったそうです。これもあるいは幾分か誇張があるかも知れません。けれども婆ばあさんの話したままを書けば、半之丞は(作者註。田園的でんえんてき嫉妬しっとの表白としてさもあらんとは思わるれども、この間あいだに割愛せざるべからざる数行すうぎょうあり)と言うことです。
ところが、何の気なしにいつものきよろんとした目つきでその方を眺めていた徳次の顔には、その時不意打を喰つたやうな表情が浮かんだ。彼は緊張して眺め、さつと顔を紅らめ、力りきんだやうになり、それから急に下こゞみになつて水洗ひの仕事にかゝつたが、明かに上の空だつた。彼は始終落ちつきなく対岸の路を眺めやつた。そしてやはり、紅らんだり力んだりした。
今泉は調子づいた。
急いであたりさはりのない返事をすると、今泉はもう隣りの人の方を向いて挨拶をした。
「へーえ」
それから一二時間たつた頃には、上の町の予定した家をあらかた廻つて、房一はそれが今日の挨拶まはりの一番の目的だつた大石医院の手前にさしかゝつていた。家を出た最初から、路々彼はそのことばかり考へていた。老医師の正文の方は、四五年かあるひはもつと前に、自転車に乗つて往診に出かける姿を見かけたことがある。息子の練吉には、彼が夏休みか何かに医専の学生服を着ているのに路上で会つたことがあるから、多分それはずつと前だつたにちがひない、それも擦れちがつただけで、練吉の方では房一を気にとめもしなかつた。房一には老医師の方は今もこの前と変りのない姿を想像することができたが、練吉の方はどんな風になつているか見当がつかなかつた。彼等はどんな様子でこの自分を迎へるだらう、それから自分はどんな風に話を切り出したものだらう。「はじめまして」もをかしい、二人とも全然知らぬ間ではないのだからな、「しばらくで御座いました」と云ふかな、これもどうも変だな、――それからまだ言葉にはならない、いろんな言葉を頭の中で云つてみた。相手が頭を下げる、こつちもお辞儀をする、そんな恰好がひとりでに頭の中を横切つたり、消えたりした。房一は漠然と興奮していた。
今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つている庄谷の背中を見つめていた。するとその肩に一本の糸屑がくつついているのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味ににやりとした。そして又元の眠つたやうな無表情にかへつた。
男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、
私は朝と夕方と真夜中に入浴する。朝、ぬるいうちに私がはいり、そのあと熱くして家族がはいる。それをほッとくと、夕方、私には手頃のぬるさとなっている。
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