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    今の家は比較的街に近くて、この上もなく閑静だ。私の書斎の下は音無川で、一方は水田であり、自分の家の物音以外は殆ど音というものがない。その上、温泉もあるというから、非常にぬるい温泉だと仲介者も差配も家主も念には念を入れてダメを押したのを承知の上で越してきた。

    それは、やつぱり何となく「役所」臭かつた。

    ふいに、彼は頭を上げた。

    その当時は差したることでもないように思っていたが、翌年の春になっても痛みが本当に去らない。それが打身のようになって、暑さ寒さに崇たたられては困るというので、支配頭の許可を得て、箱根の温泉で一ヵ月ばかり療養することになったのである。旗本といっても小身しょうしんであるから、伊助という仲間ちゅうげんひとりを連れて出た。

    感心したやうに呟くと、房一はくるりと向ふむきになつて歩き出した。

    河原町の評判では、徳次は怠け者といふことになつていた。恐らくそれは、河から上つた徳次が水をはなれた河童のやうになすところを知らぬげなぽかんとした様子に起因していたのだらう。彼は怠け者ではない。彼にはきつと、自分の気に向いた仕事にだけ熱中する子供染みた無邪気さが他の人よりはよけいに残つていたのだ。その証拠には、河に下り立つてからの彼の動作には、別人のやうにきびきびした手順のよさと云つた風なものがあり、間もなくわき目もふらずに働きはじめたのを見ても判る。冬近い時候なのに、額には汗が流れていた。彼は時間のたつのを忘れていた。

    男は、びつくりしたやうに房一を見た。

    と手早く切り上げて、堂本の家を出た。

    「君に云つとくが、何んだぜ、小倉組の者なんかにかゝり合ひをつけちやいかんぜ」

    今その文太郎が県会の視察旅行に出ていたので、法事の主人役は直造に廻つたのである。だが、文太郎はかういふ町内づき合をあまり好んでいなかつたから、たとへ在宅だつたにしても、直造は主人役を買つて出たであらう。

    「いためた?」

    「さあて、帰るかな」

    「この人はちっと眠むがってるでな……」

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