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    広い家の中では盛子一人だつた。もうとつくに羽織袴も居間に出して置いたし、履物も足袋も揃へた。帰りさへすればすぐにも出かけられるのだ。だが、足音も聞えはしない。盛子はさつきから何度も玄関に出てみたり、それから裏口から外の小路に出て河原の方をすかし見たりした。

    と、横合から老父の道平が房一に寄り添つて来た。

    「このまゝでは責任者を出さなくてはならなくなる。手落ちは向ふにあるとしてもですよ」

    「おい、ビールは冷やしてあるかい」

    だが、急に機嫌をとり直した。そして、徳次が彼の口から聞くことでどんな表情になるかを期待しながら、ゆつくり相手の顔を見て云つた。

    「へえ。――ズブツとね」

    房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。

    「もう一人後から来るかもしれませんが、そしたらよろしく頼んます」

    「ふむ、ふむ」

    それまで房一は、加藤巡査を通じて出張所と話をつけ、何らかの形で収拾させたいと考へていたのである。が、彼の素速い判断力は今はその余裕もないことを見抜いた。

    「今日は士曜日で、半休だからね」

    「あれから――あんたに鮒をとつて上げようと思つて、今さつきまで淵に附いとつたんだが、たつたこれつぽちきり獲れなくてね。上げるといふほどの物ぢやないけんど――」

    そこへ房一が帰つて来たのだ。盛子は横坐りの所を見られまいとして慌てて立上つた。

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