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    「ごめん下さい」

    閑静で温泉もあるという家は売家だから住めない。貸家の方はたいがい山の上の温泉のない家で、ぜひ住んでくれないかと云ってきた空別荘も、景勝閑静な山荘であったが、温泉がなかった。

    「今、あんたの便をしらべてみたがね」

    「ふむ、もうよろしい、よろしい」

    「や、皆さんどうも遅くなりまして――」

    練吉は、癖だと見えて、折角きちんとかぶつて出たカンカン帽をいきなり指で突き上げて阿弥陀あみだにすると、いかにもだらりとした様子で歩き出した。それは、さつき別人の観があつた、てきぱきした、俊敏な医者らしい練吉から、もとの彼に逆もどりした風であつた。

    「せんせいですか」

    「はン」

    自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、

    「あれですかね、やつぱり自分で歩かなくちやいけませんかね」

    と、その小柄な身体から出るとはとても思へない、幅のある、濁だみ声で云つた。

    稍意地の悪い、きびしい調子であつた。

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