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    「あん」

    「さうです、小倉組の方ですな」

    「や、皆さんどうも遅くなりまして――」

    熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。

    房一はこれまでにも河原町に帰つて一医者としての生涯を始めようと考へないでもなかつたが、老父の道平をはじめ伯父や身内の者すべてがさう希望していると知つたときに、唯々いゝとしてその云ふところにしたがふ気になつた。

    盛子は時々半ば無意識に呟いた。

    と、房一を誘つていた。

    川沿ひから分れた路は段々になつた切株だらけの乾田に沿つて、次第上りに、両側はゆるやかな山合ひに切れこんでいた。

    「どうしたい、君はその恰好をまだ見せたい気かい」

    好い座敷には床の間、ちがい棚は設けてあるが、チャブ台もなければ、机もない。茶箪笥や茶道具なども備えつけていないのが多い。近来はどこの温泉旅館にも机、硯すずり、書翰箋しょかんせん、封筒、電報用紙のたぐいは備えつけてあるが、そんなものは一切ない。

    「さうですか」

    練吉は軽く頭を下げながら、相手の房一がいきなり直立不動のやうに足をそろへたのを見た。

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