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「さうです、一寸」
「わたし、あれらしいのよ」
「何をするかつ」
「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」
その長男、つまり房一の父にあたる人は、幼い時から百姓の子として育てられたわけで、風貌こそまるで一介の農夫であるが、単純で大まかな一種長者の風があつて、その住んでいる地域、つまり対岸の町を除く河場中の尊敬を一身に集めていた。老いと共に彼も先代の容貌に甚だ酷似して来たが、彼には先代のやうな底の逞ましさの感じがなくて、先代よりも凡々としていた。彼の妻はやはり士族の出で、上流の城下町から娶めとつたのであるが、三男二女を生んで死んだ。子供は大きくなつていたが、やはりその城下町から不幸な大工の娘を無造作に後妻に貰ひうけて、この女は肥つた人の好い気質の働き者であつたが、彼は家事一切を彼女に任せて何事もなく和した。
本堂と庫裡とをつなぐ板敷の間で、ずば抜けて背のひよろ長い、顔も劣らずに馬面うまづらの、真白な反そつ歯ぱのすぐ目につく男が突立つていた。
正文はその傍に近づきながら、他の用事で来たついでのやうに云つた。
「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」
胡坐をかいた道平は今膝小僧までまる出しにしていた。それも日に焦げている。
「ぜひ、さういふことに」
「うん、行くよ。――だが、夕方でいゝだらう」
「かりに、おれが真正面から反抗的に出て、それがために住みにくくなつたとしても、同じことだ」
「やあ、君か」
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