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うまい工合だと感じた房一はすかさず云つた。
「さうさう、先だつてはお加減がわるかつたさうですが――」
かういふ彼であつたが、河原町の人々は彼に対して一種の親味と同時に、河場者、他所者といふ一瞥を決して忘れなかつた。彼の席順はやはり低かつた。それでも彼は一度も不満の色を浮べなかつた。
房一はふとその様子から、医者になつてはじめて帰国したとき、例の伯父が苦学の模様を根掘り葉掘り訊いて、満足げにうなづいたときの恰好を思ひ出した。そして、いつのまにかこの老医師に親しみを感じ出している自分に気づいた。それは彼が予期したこと、前もつていろんな風に描いていたものとはまるでちがふものだつた。この分では大して案ずることはない、房一はさう考へた。何かしら前の方がひらけ、何かが前の方で微笑して彼を迎へているやうに思はれた。
だが、その幾日かも過ぎると、又あの、恐るべき変化を蔵しながら一見何一つ変つたこともないと感じさせる、単調な何気ない日々がつゞいた。何かしらはつきりし、又何かしらとりとめもなく、空は冷い輝きを増し、山々の稜線はかつきりとし、葉の落ちつくした雑木山はずつと遠くのものまでが殆ど信じられないくらいの細かい枝を無数に目に見させ、ブラッシの毛並みのやうな渋い赤褐色をどこまでもどこまでも拡げていた。
しばらく黙つていた後で、房一は
が、房一をよく知つている者にとつてはその低い居場所がよけい注意をひくらしかつた。千光寺の住職は何気なく一座を見廻しているうち、思ひがけない所に房一を見つけ、ちよつと顔色を動かせた。それから、時折房一の視線を捕へて会釈ゑしやくしようとしたが、遠くて駄目だつた。庄谷は逸早く房一の席に気がついたらしい、が、その殆ど白味ばかりのやうな細い眼にちらりと微笑を浮べたきりだつた。
これはちっとも可笑おかしくない!彼ら二人は実にいい夫婦なのである。
男は眼を閉ぢた。何も答へなかつた。
といふやうな声を出して、彼は満足と緊張とのためにあの調子外れな表情になつて、撓しなつた竿をしつかりと引きつけはじめた。
「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」
房一はその時、これは思つたより以上に面倒だな、と感じた。この場だけを円めればいゝといふわけにはゆくまい、云ひがかりをつけられるかもしれぬ。それから、徳次をこの場から去らせても後で鬼倉の配下の者に狙はれるかもしれぬ、といふことを突嗟とつさに考へた。彼は腹をきめた。そして、相手の顔に目をつけながらゆつくりと答へた。
「それでは」
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