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「これから又お出掛けかね」
今泉は調子づいた。
「私もこれで元は法律書生でしてね。司法官か弁護士試験でも受けるつもりで、神田の私立大学に通つていたもんです」
「ふむ、トンネルのハッパだな」
房一は白シャツを着た小柄な大工と並んで立ちながら、玄関を眺めて云つた。
「それは勝手だが、あんなもの、温泉と思っちゃいかん」
「あゝ、さうか。あゝ、さうか」
道平はゆつくりと首を動かして訊いた。
盛子は急に思ひ出して不服さうな声を出した。だが、それは房一に向つて甘えながら不服を云つているやうな調子を含んでいた。
房一はこれまでにも河原町に帰つて一医者としての生涯を始めようと考へないでもなかつたが、老父の道平をはじめ伯父や身内の者すべてがさう希望していると知つたときに、唯々いゝとしてその云ふところにしたがふ気になつた。
一瞬、まはりの者は皆黙つていた。わけを知らないのは今泉だけらしかつた。その意識のために、今泉はひどく大切な物をとり落したときの呆然とした眼で庄谷を眺めていた。もともとどこか空虚な感じのする彼の顔は、眼がとび出して底まで空つぽになつたやうに見えた。
そんな風におぼえていてくれるとは思ひがけなかつた。
「はあ、見て参ります」
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