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しかし向かいの百姓家はそれにひきかえなんとなしに陰気臭い。それは東京へ出て苦学していたその家の二男が最近骨になって帰って来たからである。その青年は新聞配達夫をしていた。風邪で死んだというが肺結核だったらしい。こんな奇麗な前庭を持っている、そのうえ堂々とした筧かけひの水溜りさえある立派な家の伜せがれが、何故また新聞の配達夫というようなひどい労働へはいって行ったのだろう。なんと楽しげな生活がこの溪間にはあるではないか。森林の伐採。杉苗の植付。夏の蔓切。枯萱を刈って山を焼く。春になると蕨わらび。蕗ふきの薹とう。夏になると溪を鮎がのぼって来る。彼らはいちはやく水中眼鏡と鉤針を用意する。瀬や淵へ潜り込む。あがって来るときは口のなかへ一ぴき、手に一ぴき、針に一ぴき!そんな溪の水で冷え切った身体は岩間の温泉で温める。馬にさえ「馬の温泉」というものがある。田植で泥塗れになった動物がピカピカに光って街道を帰ってゆく。それからまた晩秋の自然薯じねんじょ掘り。夕方山から土に塗れて帰って来る彼らを見るがよい。背に二貫三貫の自然薯じねんじょを背負っている。杖にしている木の枝には赤裸に皮を剥はがれた蝮まむしが縛りつけられている。食うのだ。彼らはまた朝早くから四里も五里も山の中の山葵沢わさびざわへ出掛けて行く。楢ならや櫟くぬぎを切り仆たおして椎茸のぼた木を作る。山葵や椎茸にはどんな水や空気や光線が必要か彼らよりよく知っているものはないのだ。
徳次は水際につないである船の所に行き着く前にもう褌ふんどしとシャツ一枚の半裸体になつていた。衣類をくるくると円めて、帯でひつ括くゝるなり、ぽんと手前にはふり出して、いきなりざぶざぶと河の中に入つて行つた。船体を蔽つてあつた帆布をめくりとる、敷板を上げる、ロープを片づける、その後は船体の水洗ひだ。
「うん」
入浴は快適だったが、あがる時が苦痛であった。越して来たのが冬だから、湯から上ると、ガタガタふるえる。とりわけ寒い日は、全身をふく余裕がなく、夢中で着物をひッかぶっていたりした。
「やあ。――こちらへ」
「ふむ、さうか」
「これを御大典のお祝ひ日に着るんですつて」
「それは惜しかつたですな。私などとちがつて学資の心配はなかつたでせうし」
「買収ですかな」
練吉は小学校時分のことを思ひ出したのかふいにをかしさうに笑ひ声を立てた。
「へえ、いえ」
彼らは家の間まの一つを「商人宿」にしている。ここも按摩が住んでいるのである。この「宗さん」という按摩は浄瑠璃屋の常連の一人で、尺八も吹く。木地屋から聞こえて来る尺八は宗さんのひまでいる証拠である。
「おとうちやん、どこへ行くの」
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