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今度は正文の方で答へなかつた。そして急に苦がい顔になつて、ぢろりと薬戸棚を見まはしただけで母屋おもやの方へ帰つて行つた。
「さあ、どうぞ。ずつとお通り下さい」
「それぢや、向ふの座敷へ行つて少し休みませうか」
「さうです。農林学校の先生だとかをしていられると聞きましたが」
時々、澄んだ甘い柔味のある、痩せたすんなりした身体つきを想像させるやうな盛子の声が、はじめは稍張りのある調子で起つて、途中で何かしらはにかんだやうに細く聞えがたくなり、又時々ピツと語尾が跳ね上るやうになつて響いて来た。それは身体の動きとは別に、声そのものが絶えずどこかに柔かくくつついたり離れたり、又そこらを歩きまはつたりしているやうであつた。
房一はいくらかつんぼの道平の耳に口を寄せて、大声で云つた。
徳次はしばらく考へていた。
「さうぢや」
と、房一はもう一度感心した。
「さつき、河原で、先生に会つたんでさあ。――往診に出かけなさる途中でね」
「どうしなさつた」
この男が入つて来たとき、徳次の仲間だつた二人の馬喰は急にぴたりと話をやめた。そして、落ちつきのない眼で時々そつと男の方をぬすみ見た。男はぢろりと一瞥した。それは荒い皺が隈取りのやうに走つている顔だつた。だが、それきり三人の方を見ようとはしなかつた。
「閉口でしたな」
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