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「ほう、さうか。それはちつとも知らなかつた」
川では鮎漁がはじまつていた。
と、父親の顎のあたりに又目をつけた。
房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。
その短刀は、房一が入つた時すぐと目を射たものだつた。そして、今の今まで、彼は絶えずその不気味な輝きをすぐ傍にしながら、わざと目に入らない風を装つていたのである。とは云へ、彼も亦こゝへとびこんだ瞬間から、一種の無我夢中だつたことは間違ひない。その刃が静かに鞘の中に滑りこむのを目にした時房一ははじめて背筋がひやりとするのを覚えた。
「さうだよ、ジョン」
「なに?」
その筈だつた。庄谷と房一の家とはかなり前まで遠い縁つゞきであつた。房一の死んだ母親と庄谷のやはり亡くなつた妻とは又従妹か何かにあたつていた。だが、さういふ程度の関係は知らぬ顔をすれば他人で通る位の間柄である。生前にも別につき合ひはしていなかつた。まして、二人ともこの世の者ではなくなつた今では、思ひ出せばさういふこともあつた、位の関係でしかない。
と、房一は訊いた。
「徳さん、君は草履ばきぢやないか」
「それでは」
「うむ、さうか。玄関のことか」
「なんですか、御挨拶まはりですかね、それはどうも御苦労さまですなあ。――まあ、お上り下さい」
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