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「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」
「あら、ほんとうに沢山とれたんですね」
と、父親の顎のあたりに又目をつけた。
今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つている庄谷の背中を見つめていた。するとその肩に一本の糸屑がくつついているのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味ににやりとした。そして又元の眠つたやうな無表情にかへつた。
彼は先だつて房一から全快祝ひに贈られたセルの上下を、仕立下したばかりのものを着こんでいた。夏からふた月あまり寝こんだとは云へ、日焼けの浸みこんだ黒い皮膚の色は容易にとれないと見えて、今もそれが真新しいセルの、明い地色と際立つた対照をなしていた。
「へえ。――わし達は小倉組の者ですが、ちよつと怪我人ができましたよつて、せんせいに御面倒かけに上つたんですが」
「やつは、わつしの土方家業がえらい嫌ひでしてな」と、彼は云つた。
「やつぱり徳さんが多いね」
「どうしたんですの?何かあつたんですか」
だが、房一はそれを感ずれば感ずるほど、何かしら云ひがたい不安を覚えた。それは、病症の不明な患者に対するときに間々あるやうな技術的な不安ともちがつていた。一種肉体的な恐怖、とでも云ふやうなものだつた。
その時、又あの鈍い重量のある音が下流の方からどよめいて来た。それは前のよりもはるかに大きく、つゞけさまだつた。
「はあ、どうも」
「いためた?」
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