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それで安心したやうに引つこんだが、しばらくすると又のぞいた。
云はずと知れたことだ、といふやうに徳次はそのきよろりとした眼を上げて小莫迦こばかにした風に小谷を眺めた。大きい麦藁帽子を被つているので、小谷のやさしい顔立ちはひどく女らしく見えた。
「どうでした」
地名も旅館の名もしばらく秘しておくが、わたしがかつてある温泉旅館に投宿した時、すこし書き物をするのであるから、なるべく静かな座敷を貸してくれというと、二階の奥まった座敷へ案内され、となりへは当分お客を入れないはずであるから、ここは確かに閑静であるという。なるほどそれは好都合であると喜んでいると、三、四日の後、町の挽ひき地物じもの屋やへ買物に立寄った時、偶然にあることを聞き出した。一月ほど以前、わたしの旅館には若い男女の劇薬心中があって、それは二階の何番の座敷であるということがわかった。
しかし、さういふ身体の忙しさより何よりこたへたものは、房一にとつては肉親の大病を診察するといふはじめての経験だつた。
「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」
とにかく、それは遠い向ふで起つていることだつた。対岸の火事を見物するやうなものだつた。
房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。
「おつ」
「さあて、帰るかな」
「わたしやア――」
練吉は意外なことを耳にしたといふやうにちよつと房一を眺めたが、熱心に聞いていた。
「これを御大典のお祝ひ日に着るんですつて」
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