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    一人前の医者になるといふことは、何等の学歴もなく又資もとでもなかつた房一にとつては困難をきはめた仕事であり、それだけに心の全部を惹きつけていたものだつたが、今その峠に達してみると、更に前方に見えて来たいくつかの峠が彼の新しい野心を惹きはじめていた。その野心の目的といふものも、彼が東京の市内で散見することのあつた大病院の院長とか、或ひは病理学研究の名声赫々たる博士とか、さういふ粗雑なものにすぎなかつたが、それは名声が彼にとつて魅力があり、院長の威厳が彼に好もしく思はれたのではなく何かしら内部に溢れる野気が単にさういふ粗雑な形の中にその吐け口を見つけようとしたのであつた。

    船体を洗ひ終つて、これから雑具にかゝらうとしたときだつた。彼はふと対岸に目をやつた。物音がしたわけでもなければ、気配を感じたのでもない。しかるに、そこの路の曲り角には、まるで符合したやうにその時きらきら光る真新しい自転車に乗つた男が現れたところだつた。

    対島つしま沖で日露海戦が行はれ、敗残艦の一部が日本海沿岸のこの地方の沖合までのがれて来て沈没したのは十年ほど前のことである。乗員は白旗を掲げてボートに分乗し、沿岸の砂浜に着いた。その前、海戦の最中には海岸附近の人家の障子が断続的にとゞろく砲声で鈍く不気味に響きつゞけた。もとより海戦が行はれていると知るわけもないので、たゞ漠然と不安だつたが、その気分の抜け切らないうちに、たとへ白旗を掲げているとは云へ突然現れたロシア兵達の姿に、海岸の住民は一時かなりびつくりしたものである。間もなく近くの兵営から軍隊が駆けつけて、それ等の投降兵を吉賀町附近の寺院に一時的に収容した。彼等がそこにいる間、附近の人達は毎日弁当持ちに草鞋わらぢばきで押すな押すなで見物に出掛けた。その当時、徳次は二十前の若者だつた。

    房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。

    「さうだよ、ジョン」

    この家は上手にある鍵屋といふ旧家の分家だつたが、或る事情でこの一年ばかりの間空家になつていた。こんな家を何も空家にして置かなくてもよかりさうなものだが、そして最初二三ヶ月の間は本家の鍵屋から留守番に人が来ていたのだが、間もなく手がかゝるためか閉めてしまつた。それと云ふのも鍵屋でさへだゝつ広く黴臭い自分の家を持てあましていたからである。鍵屋にかぎらず、維新前から明治大正にかけてひきつゞいた田舎の旧家はかなりの地主にちがひなかつたが、それは形だけは鬱蒼としているが幹が空洞になつた大樹のやうなものだつた。鍵屋はもとは名代の酒造りだつたが、当主の神原文太耶になつていつの間にか止めてしまつた。その代りでもあるまいが、神原はその当時この附近では珍しかつた法学士といふ肩書のためか、次第に政治に身を入れるやうになつて、今では歴年県会議長をつとめていた。家にはめつたに居ない。それで、昔のまゝに格子造りの鍵屋の表口はいつも半ば閉めたやうにひつそりしていた。その母屋おもやの横手から裏にかけてはもう何の役にも立たない古い倉庫が無暗みと大きな屋根と、あの風雨にたゝかれて黒ずんだ汚点しみのついた白壁とを突立てているきりだつた。

    そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり

    「あんたは鮒をたべなさるかね」

    「君達は一体何者だ!」

    「へーえ」

    相手はさつきから黙つて、房一と徳次の様子を眺めていた。さすがに気が立つているらしく、節くれだつた手首を食台の上でこねるやうに動かしていた。そして、徳次よりもはるかに手答へのあるらしいこの男が何者か見究みきはめようとして、どこか気を配つた様子だつた。

    「どれ一つ診ませうかな。――ふうむ、これあどうしたのかね、ハッパでやられたのか」

    さう呟くと、小谷は追鮎の力を試すやうに竿を高く上げてみた。彼のきいきい云ふ金属性の声は、こんなひとり言のときでも絶えず房一に向つて話しかけたがつているやうであつた。

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