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「ふうん。気楽な身分だね」
だが、さう云つてすゝめる当の小谷には、その細面の小柄な様子には、何でも似合ふやうなところがあつたので、この紙衣裳さへ似合ふにちがひなかつた。小谷は何とかして、この場で房一に着させよう、その効果を楽しまうと考へているらしかつたが、房一が相手にならないので、話を他に持つてゆき、いきなりこんなことを云ひ出した。
「笹井?――御隠居さんが云つたのかい」
「いや、なに」
「さあ。どうぞ、どうぞ」
「何しろ、わや苦茶だ」
今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つている庄谷の背中を見つめていた。するとその肩に一本の糸屑がくつついているのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味ににやりとした。そして又元の眠つたやうな無表情にかへつた。
「さうだな、相沢の先代はひどく知吉さんを毛嫌ひしていたさうだな。だが娘がくつついているから仕方がないといふわけでね。――だから、甥にあたる喜作さんを養子にして、それに老後をかゝるつもりだつたのだらう。その時、喜作さんの方に財産を分けたんだよ。ところが、娘が男の子を産んだ。今の市造といつたかな。嫌ひな知吉の子でも、孫にはちがひない、孫は可愛いゝといふわけでね、喜作さんにはそのまゝ財産をつけて神原の方へ籍をもどしたんだな。――それを今かへせといふわけよ」
「理窟があるやうな無いやうな話でね。こゝの隠居は相手にならなかつたから、たうとう訴訟といふ所まで来たんだらうが、何しろ相沢の先代とこゝの隠居とは兄弟だしね、――どんな理窟があるにしてもあまり賞めた事ぢやないね」
思はず時間がたつてしまつた。房一は腰を上げた。前脚の上に顎をのせて長々と寝そべつていた犬は急に起き上つて身ぶるひした。徳次は、房一の往診の時間を大分遅らせたのにやつと気づいた。
「なにしろこんな狭い田舎ぢやから、何事もねつうやる。それをやらんと後がうるさい。自然評判を落すといふことも起るかな」
「あいつらと来たら、すぐこれ!だからね」
それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!
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