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坂路にかゝると、房一は自転車から降りて、押しながら登りはじめた。房一の恰好が円まつちく、不器用な図体であるだけに、自転車にとりついた姿はいかにも重たさうに見えた。十月に入つて間もない日は、自転車の金具の上だけでなく、下方の桑畑の透いて見える根つこにも路のわきの削りとつた赤土の肌の上にも一面にふりそゝいでいた。
房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。
「それは、小規模な演習だからして居らん」
房一は狡猾な顔で老医師を見た。だが、前よりなほ気楽げな様子になつた正文は、房一の方をろくに見もしないで、
気がつくと、房一はさつきよりもぽつと明い、青味を帯びた中を走つていた。いつのまにか月が出たのだ。鉄橋を渡つて、町の中に入つた。月明りはこの人気の少い町一杯に輝いて、うるんで、物の形を一様な柔い調子の中でくつきりさせていた。
「さうですか、さうですか。それは、いや、ごていねいなことで」
「いやあ、全く」
「何を云うとる。すまじきものは宮仕へ、といふぢやないか」
「どこだ、どこだ。もう消えたのか」
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
「や、皆さんどうも遅くなりまして――」
「をかしいからとは何ごとだ。火事だといふから手伝ひに来たんぢやないか、そして溝に落ちたのが何がをかしいんだ」
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