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父親の眼を開けさせてみる。すると、その白い曇りのできた、大きな、力のない眼の中には、医者としての房一が知り得る以上のもの、何かしら深いほのめくものが、何かしら房一自身の奥にもぢかにつながつている、微妙な、過去の記憶といつしよくたになつた或る物が、ふしぎな力で彼の方を眺めているのを感ずる。はだけた胸に生えている一つまみの白毛、ひからびて弾力を失つた皮膚、横臥しているために腹部が落ちこんで、そのためによけい突き出すやうに持上つて見える肋骨の形、茶色がかつた紫色の痣あざのやうにぽつりとひろがつている乳部の斑点だの、――さういふものは、房一の扱ひ慣れている「患者の肉体」ではなく、一つ一つが見覚えのある特長を帯び、そこに父親といふものの形を感じさせ、それまで迂濶にも忘れていたもの、隠れていたもの、眠つていたもの、この露あらはになつた肉体と房一との間に結ばれているあの無数な、生まな感情が、おびたゞしくふしぎな強さで押しよせた。それと共に、何だか後うしろめたいやうな、愛情の混乱と云つた風な奇妙なこんぐらかりが、房一の内心に苦痛と動揺とをよび起した。
それから上着を脱ぐと、ワイシャツの袖をまくり上げて、診察にかゝつた。無造作にひよいと病人の瞼をつまみ上げ、めくつて、眼の色を調べた。半裸体のむき出しになつた腕をつかんで静かに屈伸させた。顔面の皮膚をひつ張る、足を立てさせる、今度は足の裏を見る、――それはまさに手慣れた、素速い、注意深い動作だつた。まさしく、医者といふものだつた。
恐らく、房一も他の場合にはこれと似たりよつたりの動作をやるにちがひない、たゞ道平に向ふとこんなに易々とできないのだ。
徳次は自分のことのやうに熱心に路順を考へた。
さう答へながら、房一はふいに、競馬場で会つた相沢のことを、そのとき彼が何だか意味ありげに云ひのこして去つた言葉を思ひ出した。
それであるから、こういう所へ来て私たちの最も困ったのは、机のないことであった。宿に頼んで何か机をかしてくれというと、大抵の家では迷惑そうな顔をする。やがて女中が運んでくるのは、物置の隅からでも引きずり出して来たような古机で、抽斗ひきだしの毀こわれているのがある、脚の折れかかっているのがあるという始末。読むにも書くにも実に不便不愉快であるが、仕方がないから先ずそれで我慢するのほかはない。したがって、筆や硯にも碌ろくなものはない。それでも型ばかりの硯箱を違い棚に置いてある家はいいが、その都度に女中に頼んで硯箱を借りるような家もある。その用心のために、古風の矢立などを持参してゆく人もあった。わたしなども小さい硯や墨や筆をたずさえて行った。もちろん、万年筆などはない時代である。
「えらい評判ですなあ。けつこうですよ。ぜひ話しに来て下さい。わたしはこんなにいつもひまですからな」
河原町では、山車だしや仮装行列のほかに、夜に入つては提灯行列が出たし、町の上手にある神社の境内では奉祝の花競馬も行はれ、射撃大会まであつた。競馬の行はれた境内は不断殆ど人気のない所で、そこには永い間風雨にさらされて木口こぐちがすつかり灰白色になつた大きい拝殿がゆるんだ屋根の端を高いところで傾けていた。そこには紅白の幕が張られた。走路は拝殿のわきのかなりな池の周囲に造られたが、所々に笹を立て、それを荒縄でつないだだけで、方々から集つた馬は大抵胴がいやに太くて足の短い、腹や胸のあたりにぼさぼさした毛の生えた代物だつたが、わきに外それやうとする馬は周囲を黒山のやうに囲んだ見物人達の喚声と棒切れとで又内側へと追ひこまれ、池の中にはまりこみ、泥まみれになつて走つたりした。拝殿の観覧席には相沢知吉の顔が見えた。彼の持馬も出場したのである。相沢は例のカーキ色のズボンをはいて来たが、馬には乗らずに牽ひいて来たのだつた。見ただけでのろまな在馬ざいうまにくらべると、相沢の馬はずば抜けていた。かなり遠方からやつて来たといふ栗毛の馬と競せり合つたあげく、相沢の馬は優勝を獲かち得て、賞品の幟のぼりと米俵とを悠々と持つて行つた。射撃大会は猟天狗仲間が河原に集つてクレーの射撃をやつたので、これには大石練吉が自慢のマンチェスターの銃を携へて出席した。発条ばねが跳ねる、とクレーはちやうど山鳥か何かが飛び立つかのやうに、ゆるい弧を描きながら青空に投げ出される、その瞬間、射手は腰のあたりに構へた銃をすばやく肩に引上げ、パンといふ音が響き、クレーは微塵に砕け散つた。が、大半は遠く河原の上に落ちてそこで砕けたやうであつた。後で格別噂が立たなかつたところを見ると、練吉は不成績だつたのだらう。
房一は来意を告げた。やがて、軽い足どりが聞えたので、さつきの看護婦だとばかり思つて目を上げた房一の前に、頭髪の真白な、稍やや猫背の、ぎよろりとした眼つきの老人が立つていた。一瞬、房一はこの老医師と目を合はせた。何か剥むき出しな、噛みつくやうな眼が房一をぢつと見下していた。が、次の瞬間には、それとはおよそ反対な気軽るな声が、
「もう遅いんですよ、おぢいさん。泊つてつたらどうです」
来客の間にほつと寛くつろいだ空気が流れ、直造が袴をさばいて立ち上らうとした時だつた。
今泉にはやつと徳次の考へていることが判つたので、熱心に説明した。
やつと、徳次は感心した。青島陥落はついこなひだのことで、その時は徳次も提灯ちやうちん行列に出たのである。
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