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    「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。

    「どうしなさつた」

    「その姿は見えないのですが……。」

    「どうですか、掛りさうかね」

    「はゝゝ、でもカワラケにはちがひない、それがかうひよつとね」

    「さうかね、梨地へ行くんなら、やつぱりこゝを渡つた方が近道だ。井出下の渡しはもうないからね」

    房一の顔は重々しい沈思の表情と太い興奮の色とで紅黒く、やはり膏汗が漲つていた。

    熱心になっていた「な」の字さんは多少失望したらしい顔をした。

    と後を追ふと、徳次は

    「あの人は来まいて」

    口を切つたものの房一は頭の中でとまどつていた。あんなに考へていた言葉が今急にどこかへ消えてしまひ、何を云ひ出したのか後をどう云つたものか判らなくなつてしまひさうに感じた。彼はかすかに汗ばみ、そのどちらかと云へば醜いむくれ上つた眉肉や厚い唇が力味を帯び紅ばんで来た。

    今や、それらのことは遠くなつてしまひ、他愛のない子供の日の思ひ出でしかなかつた。練吉は両親の希望通り医者になつていた。しかも、事あるたびに、この幼時に押へつけられた日の悲しみが突然、練吉の中に溢れ、それは永い間に積つた憤りのごとく、彼の運命の唯一の手違ひだつたごとく、彼の不身持の云ひわけにもなり、又正文への訴へといふ一種矛盾した形となつて現れるのだつた。

    徳次は気が抜けたやうに、口のあたりをもごもごさせるきりだつた。

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