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    「さあね、もうかれこれ二十年にもなるだらうかね」

    「どうも、やつぱりねえ。調子が悪い」

    「ね、お母あさん。これ、こんなに汚いでせう。もう少し……たいんですけど。……でせうねえ」

    「あら!いらつしやいませ。ようこそ。――ほんとうに、よくまあ!」

    思はず正文は笑ひかけた。それを隠すやうに小首をかたむけてわきを向くと、又房一の話を傾聴する恰好になつた。そして、一度起きなほつた背はだんだんと柔かく前こゞみになつた。

    「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」

    二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。

    房一はさつきから自然と聞いてはいたが、事は初耳だつた。

    「どうしませう、ほんとうに!すつかり落しておしまひになつたんですのね。――どうも、さつきから様子がちがふと思つていたんですが、道理で!――さうでしたわねえ、お髯がなくなりましたわねえ」

    どこかで、「営林署だ」といふ声が聞えた。そして、黒い人影は左手へ向けてぞろぞろと走つて行つた。何か叫び声のやうなものがその方で起つていた。

    それは何かしら長い退屈な時間だつた。香煙はまつすぐに立ちのぼり、二尺ばかりの高さでゆらゆらし、蝋燭の灯はそれに答へるやうにまたゝいた。さつきまで思ひ思ひの世間話に身を入れていた連中は一瞬厳粛になり、それから放心し、今一律に無表情のまゝぢつとしていた。その中で、大石練吉は今も頭をまつすぐに持ち上げて仏壇の方を眺めていたが、間もなく千光寺の住職の剃り上げた後頭部に人並外れて骨が突出し、その下にぺこんとした凹みのできているのを発見し、しきりとそれを見つめていた。

    「徳さん。追鮎は君のといつしよに活かしといてもらはうか――どつこいしよ」

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