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「うん、ドイツ兵の捕虜だ」
ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出いでになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時――今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
大石練吉は日盛りの往診からもどつて来ると、暑さのために不機嫌さうな顔になりながら、自転車を手荒らに立てかけ、とりつけた鞄もそのまゝにして、のつそりと診察所から上つた。
「なにしろこんな狭い田舎ぢやから、何事もねつうやる。それをやらんと後がうるさい。自然評判を落すといふことも起るかな」
半シャツの男が進み出た。
「お礼ですか」
「はあて、神主さんになるのもえらいもんだのう」
「往診ですか」
「ふうん。ひどい奴だねえ」
「はゝあ」
「や、皆さんどうも遅くなりまして――」
「いや、まだ」
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