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「お前、往診に出てた?」
庄谷はほんのしるしだけにちよつと頭を動かしたが、やつと相手が誰だか思ひ出したらしく、その細い眼が急に徴笑した。
一方、正文はこの大人と子供と混まざり合つたやうな、身体だけは大振りな、女にかけては強したゝかな息子を前にして途方に暮れた。彼はあれほど自分の思ひ通りに仕立てようとしたにかゝはらず、思ひもよらぬ息子として現れた練吉に対し、今遅蒔おそまきながらその心底に立つて理解してやらうと試みていた。だが、何といふ支離支滅な、性懲しようこりもないふしだらだつたらう、どういふ風に彼の云ひ分に耳を傾け、どんな風に彼を認めてやればいゝのだらう――そこには何一つ彼の型にはまつた見方にあてはまるものはなかつた。ぐらぐらした、手に負へない、いたづらに父親である彼の胸を暗くし、息をつかせない思ひをさせる、愚かな、口の達者な、だが何となく見捨て切れないもののある、それは彼自身の息子にちがひないが、あれほど入念に手塩にかけたつもりでいながら、彼の手などは一つと云へども加つてはいないといふ気のする、得体のしれないものだつた。
これでは房一も後もどりしないではいられない。馬は今片耳を後に立て、時々それを動かせていた。それは見ているだけでも美しい生き物だつた。房一にはしなやかなだが強い張りのある首が疾駆の時にどんなに強く前傾し、どんなに直線的になるか、どんなに風を切り、どんなに躍動するか、まざまざと目に浮ぶやうであつた。
何となく身体が倦だるかつた。それにちがひはない、今日は珍しく朝早くから川につききりで、おまけに呼びもどされるとすぐ今の騒ぎだつた。埃で黄くなつた頭髪、泥と血の塊り、男の不安げな眼、それからあのいくらか仁義を切るやうな半シャツの甥の身構へだの、それらがもう一度頭の中に蘇よみがへり、一列になつて通つて行つた。
「なるほどね」
「へえ。ちよつとばかし――」
盛子は笑ひながら顔を紅らめた。
「まだなかなかでせう。永いこつてすよ」
「さうぢや」
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
その日もやがて夜となって、夏の温泉場も大抵寝鎮まった午後十二時頃になると、隣の座敷で女の軽い咳の声がきこえる。もちろん、気のせいだとは思いながらも、私は起きてのぞきに行った。何事もないのを見さだめて帰って来ると、やがてまたその咳の声がきこえる。どうも気になるので、また行ってみた。三度目には座敷のまん中へ通って、暗い所にしばらく坐っていたが、やはり何事もなかった。
「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
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